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土壌から見た樺太

白い大地

樺太の大地は、全体に「ポドゾル」と呼ばれる白っぽい土からなっています。
ポドゾルは、酸性で養分が少なく、痩せた土です。このため、樺太は農業には向かない土地である、と言う意見さえありました。
もちろん、実際には、樺太の農業は年々発展していました。農業を志す人々が、土壌の改良や品種改良など、さまざまな努力を続けていたからです。
ポドゾルという言葉は、かつての樺太では比較的良く知られていたようです。[24]この名前を冠した文学雑誌も出版されていました。[25]文字通り、樺太の大地を象徴するものと言えるでしょう。

ポドゾルは、北海道の北部にも見られます。
北海道大学大学院農学研究科環境資源学専攻地域環境学講座土壌学研究室(長い名前ですね!)が、浜頓別のポドゾルを調査しており、こちらのページで、その様子が紹介されています。
なお、上記のページは、同研究室の公式サイトなのですけれど、まじめなページの中に混じって、なぜかネパールカレーの食べ方が紹介されていたりする、面白いサイトです。

樺太のツンドラ

さて、次に、有名な樺太の「ツンドラ」をご紹介したいと思います。
樺太と言えば、ポドゾルよりもこちらを思い浮かべる方もいらっしゃるのではないでしょうか。敷香の和菓子屋さんでは、「ツンドラ饅頭」なる物まで売られていたと言います。

ツンドラの分布

「ツンドラ」とは、余りの寒さのために、一年中凍り付いている土のことです。
北海道などでも、冬になると地面が凍ることがあります。けれど、ツンドラは、冬はもちろん、夏になっても凍ったままなのです。当然、本来は、極寒の地にしか存在しない物です。
「永久凍土」とも言います。

北海道をはじめ、内地にもツンドラはあります。けれど、非常に高い山の上に、わずかに存在するだけです。

樺太のツンドラは、平地にも存在しています。それは、北部にあたる幌内平野だけではありません。樺太でも南部にあたる亜庭湾岸にさえツンドラが存在しているのです。[26]
樺太の南部は、位置的には北海道より北にあります。けれど、気候的には、北海道の寒い地域よりも、むしろ暖かいくらいなのです。
では何故、樺太にはツンドラが存在するのでしょうか?

ツンドラの正体

実は、樺太の「ツンドラ」は、永久凍土のことではないのです。

土が凍って凍土となるには、地中温度がマイナスでなければなりません。
けれど、樺太では、北部の敷香や安別でも、地中温度が年間を通じてマイナスとなることはありません。
ですから、永久凍土は存在できなかったのです。[27]

では、東北山脈などの、比較的標高の高い地域ではどうだったのでしょう?
興味深いところですけれど、残念ながら、そのような場所の観測データを入手することができません。そもそも、そのような場所で、人類史上一度でも観測が行われたことがあるかどうかさえ怪しいです……[28]
ですから、樺太に、本来の意味での「ツンドラ」が存在するかどうか、はっきり言うことはできません。
ロシア領である北樺太には、永久凍土が存在します。[29]

樺太の「ツンドラ」とは、専門的には「高位泥炭地」と呼ばれる土地のことを指します。[30]
泥炭とは、園芸をなさる方にはおなじみの、「ピートモス」の原料となる土です。
このような環境は、北海道でも、石狩平野の東部にある美唄湿原や、サロベツ原野などに見られます。内地では、観光地としても有名な尾瀬が、高位泥炭地の例です。
かつては、開拓の障害と考えられていた土地ですけれど、現在では、土壌改良の結果、むしろ貴重な存在となっています。
なお、泥炭地には湿原が多いですけれど、湿原は必ずしも泥炭地ではありません。「湿原」とは生えている植物からその土地を表す言葉で、「泥炭地」とは土からその土地を表す言葉です。[31]ですから、両方に当てはまる場合と、片方にしか当てはまらない場合の、どちらもありえるのです。

なぜ、樺太では、永久凍土ではなく泥炭地が「ツンドラ」と呼ばれるようになったのでしょうか?
当時の様子を想像してみましょう。
樺太が帝政ロシア領であった時代、この島には、大陸からやってきたロシアの人々がいました。中には、シベリアのツンドラを知る人も少なくなかったでしょう。
樺太に広がる泥炭地は、冬には凍り付き、夏にも背の低い植物が生えるだけです。
このような様子をみて、ロシア人たちは、シベリアの凍土を連想したのでしょう。そして、いつしか、これらの泥炭地を「ツンドラ」と呼ぶようになったのです。
日本領となった後も、樺太には少なくないロシア人が住み、日本人と親しく接していました。彼らは、泥炭地を「ツンドラ」と呼んでいました……[32]
日本人入殖者たちは、ロシア人から、泥炭地を「ツンドラ」と呼ぶことを教わったのです。
このように考えると、「ツンドラ」と言う言葉は、かつての樺太で行われていた日本人とロシア人との、交流の証とも言えそうです。
そんな平和な日々の姿を懐かしく思うのは、私だけでしょうか。

ツンドラ活用法?!

樺太では広い範囲がツンドラに覆われていましたから、なんとかこれを活用できないか、と、さまざまな利用法が考案されていました。
合板[33]や紙[34]、燃料にするというものから、中には、ツンドラの水で入浴するとか、飲む(!)というものもありました。ツンドラの水には、さまざまな成分が含まれているため、温泉のような効果があると言うのです。[35]
けれど、入浴はともかく、飲むというのはどうなのでしょうか? お腹を壊すという話もありますし……。有害な成分は含まれていない、と言われてはいたものの[36]、市販のミネラルウォーターでさえ、慣れない人だとお腹を壊すことがあります。真っ赤に染まったツンドラの水を見たら、それを飲んでお腹を壊すのも、不思議はないような気がしてきます。(少なくとも、私は飲みたいとは思いません!)
入浴くらいなら、経験してみても良いかもしれません。ただ、持ち込んだタオルが染まってしまう程の真っ赤なお湯だと言いますから、入るには少し勇気が必要そうです。
現在なら、観光向けに「樺太名物ツンドラ風呂」が、あったかもしれませんね。樺太のお土産としてツンドラを加工した入浴剤が販売されているかもしれません(内風呂で試したら、風呂釜が傷んでしまいそうですけれど)
内地でも「これはツンドラの水を再現したものではありません」と注意書きが書かれた「ツンドラ入浴剤」が発売されているかもしれません。
この他に変わった利用法としては、アルコールなど、薬品の原料にするというものがありました。また、アイヌ人やニヴン人は、ツンドラを傷薬として使っていたと言われています[37]
もしかしたら、医薬品や健康アイテムとして、さまざまなツンドラグッズ(?)を目にすることもあったかもしれませんね。

自然環境としての土壌

自然環境と言うと、一般には、動物や植物が注目されることが多いようです。もちろん、動植物の保護は大切なことです。
けれど、土壌も、生態系を支える重要な存在なのです。

もちろん、これは樺太だけの問題ではありません。
現在、日本では、日本ペドロジー学会によって、土壌を保護するための研究や調査が行われています。
活動の一環として、土壌版レッドデータブックが作成され、国立科学博物館の一部門である筑波実験植物園の公式サイトで公開されています。

上記のレッドデータブックの中で、高位泥炭土は、最も消滅の危険が高い「レベル8」に次ぐ「レベル7、緊急に対処しなければ消滅する土壌」に、ポドゾルは、「レベル4、近い将来消滅が多少危惧される土壌」に、それぞれ指定されています。

また、日本では現在、いくつかの高位泥炭地(つまり「ツンドラ」です)がラムサール条約(環境省の公式サイト内のラムサール条約の解説ページです)に登録され、保護の対象となっています。
日本は、ラムサール条約を積極的に推進すると表明していますから、樺太の「ツンドラ」も、ラムサール条約に登録されていたことでしょう。
なお、ラムサール条約事務局のサイト(英文です)によると、2007年6月29日現在、「ロシア連邦サハリン州」に、ラムサール条約に登録された地域は存在しません。

ラムサール条約や、樺太の動植物について、より詳しくは「フローラの滝へようこそ!」のページをご覧ください。